南米の川で暮らすデンキウナギは、自分で電気をつくり、獲物をしびれさせて捕まえる不思議な魚です。

どうやって体の中で電気を生み出し、水中に放しているのか。

そして、放電しても自分が感電しないのはなぜなのか。

仕組みを知ると、生態の賢さと体の工夫が見えてきます。

デンキウナギとは?基本のプロフィール

南米の淡水にすむ、ウナギじゃない魚

デンキウナギはアマゾン川やオリノコ川流域に暮らす淡水魚で、分類的にはウナギ目ではなくナマズに近いデンキウナギ属(Electrophorus)の魚です。

見た目は細長くウナギに似ていますが、系統は別で、いわゆるナイフフィッシュの仲間に入ります。

2019年には1種から3種に見直され、最大で2mを超える個体も知られています。

呼吸の多くを口腔内の粘膜で行うため、定期的に水面で空気を吸うのも特徴です。

以下は代表的な3種と、知られている最大電圧の目安です。

測定方法や個体差、水質によって値は変わるため、あくまで参考値としてご覧ください。

種名生息域の傾向最大電圧の報告値の目安備考
Electrophorus electricus低地の本流や支流500〜650 V古くから知られる代表種
Electrophorus voltai高地の清流域約860 V現時点で最大級の電圧報告
Electrophorus variiアマゾン本流など400〜600 V分布広く変異も大きい

体の大半が電気器官、内臓は頭側に集中

デンキウナギの体は、全長の大部分が電気を出すための器官で占められており、消化器や心臓などの内臓は頭に近い前方にぎゅっと集まっています。

後方の広いスペースは主に電気器官が占拠し、ここで発生させた電気を体外へ効率よく流します。

内臓を電場の弱い位置に置き、発電部を後方に長く配置することで、放電の効率と安全性を同時に高めているのです。

デンキウナギの電気の仕組み

電気器官とは?筋肉が変化した発電装置

デンキウナギの電気器官は、元々は筋肉だった細胞が進化してできた「発電専用の組織」です。

発電細胞は「発電細胞(エレクトロサイト)」と呼ばれ、神経の信号で片側の膜だけが一斉に開くようにできています。

これにより、細胞の内外でイオンが移動して電位差が生まれ、瞬間的に電流が流れます。

つまり、筋肉収縮に使うエネルギーを、電気として外に取り出す仕組みに作り替えているのです。

発電細胞が直列につながる「電池の束」

1つの発電細胞がつくれる電圧はとても小さいのですが、それらを縦方向にずらりと直列につなぐことで、全体として大きな電圧を得ます

乾電池を何本も直列につないで電圧を上げるのと同じイメージです。

体内にはいくつかの電気器官があり、一般に以下の3つが知られています。

器官名主な役割電圧の目安パルス周波数の目安備考
サックス器官微弱電場の発生と探知、仲間との信号数ボルト〜数十ボルト数Hz〜数百Hz周囲の物体や獲物を探る「レーダー」役
主電気器官強い放電で獲物を麻痺・防御数百ボルト約100〜400Hz短時間の高電圧バースト
ハンター器官強放電の補助と細かな制御数百ボルト約100〜400Hz主電気器官と協調して発火

弱い電気と強い電気を使い分ける(探知と狩り)

デンキウナギは、普段は弱い電気を絶えず流して周囲を探ります

水中の物体がこの微弱な電場を歪めるので、その変化から障害物や獲物の位置、さらには他個体の存在まで知ることができます。

一方で、獲物を攻撃するときは高電圧のバーストを発し、相手の筋肉を一斉に収縮させて動けなくします。

捕食の直前には「ダブルパルス」と呼ばれる短い二連発で獲物の筋肉をピクッと動かし、その反応で位置を正確に特定することもあります。

探知の弱電と、狩りの強電を切り替える巧みさが、彼らの大きな武器です。

放電の強さはどれくらい?(ボルトとパルス)

強い放電の最大電圧は種や個体によって異なりますが、おおむね500〜800V台で、E.voltaiでは約860Vという報告もあります。

放電は連続的な電流ではなく、数百マイクロ秒〜1ミリ秒ほどの短いパルスを高速で連射します。

狩りのバーストでは毎秒100〜400回程度のパルスが数十〜数百ミリ秒続くのが一般的です。

実際に生体や水中を流れる電流の強さは、水の導電率や距離、接触の有無で大きく変わり、近接や接触時には危険なレベルに達しうる一方、数十センチ離れると急速に弱まります

水中で電気はどう広がる?電場のイメージ

放電すると、頭部と尾部の間に電位差が生まれ、水中には双極子のような電場が広がります。

淡水は海水に比べて電気を通しにくいので、電流はおもに水の中を、頭から尾へ向かう外回りの道筋で流れます

このとき、体のすぐ近くほど電場は強く、距離が少し離れるだけで急激に弱まります。

また、岩や魚の体のような電気の通りやすいものがあると、そこに電流の「近道」ができ、局所的に電場が集中します。

デンキウナギはこの性質を利用して、獲物のいる方向に体軸を向けたり、時には体を曲げて頭と尾で獲物を挟み、電場を集中的に通過させます

なぜデンキウナギは感電しない?

放電は外向きに流す(方向性のある電場)

発電細胞は向きがそろって並び、神経の合図で同時に作動します。

すると、電流は体の外側の水を通る経路が圧倒的に優勢になり、体内を通る電場の勾配は比較的小さくなります。

いわば「外へ流す設計」になっており、自己への影響を抑えているのです。

内臓は電場が弱い位置に守られている

前述の通り、生命維持に重要な内臓は頭側の限られた空間に集中し、後方の長い部分は電気器官が占めます。

双極子としての電場では、体の中心部や頭側の一部が等電位に近い領域になりやすく、電位差が小さいため電流が流れにくいのです。

器官配置そのものがシールドの役割を果たしています。

皮膚や粘液のバリアで電流を受けにくい

デンキウナギの皮膚は厚く、表面の粘液層も発達しています。

これらは電気的に抵抗が高く、電流が体内へ入り込みにくくなるバリアとして働きます。

もちろんこれだけが万能の盾ではありませんが、外向きに流す設計と合わせて、自己感電のリスクを大きく下げています。

自分に当てない姿勢と動き方

獲物に高電圧を浴びせる際、デンキウナギは体をまっすぐ伸ばして頭を向けたり、必要に応じて体をカールさせて頭と尾で獲物を挟みます。

この「巻き付き放電」は、獲物が頭尾の間に橋渡しされるため、電場が獲物に集中します。

結果として、体幹部にかかる電位差は相対的に小さく、自分に強い電流が回り込みにくくなります。

行動の工夫もまた、自己防衛の一部なのです。

連続放電は負担も大きい(長時間はしない)

放電のたびに、発電細胞はイオンの入れ替えを行い、次の放電に備えて再びポンプで整えます。

これはエネルギーをよく消費する作業なので、強い放電を長時間続けることはしません。

狩りでは短いバーストを間欠的に使い、不要な放電は避けます。

これも結果的に、体への負担や自己への影響を抑えることにつながっています。

人への影響と観察ポイント

デンキウナギは危険?触らないのが基本

野外や浅い水場で不用意に近づいたり触るのは危険です。

強い放電は筋肉の痙攣や転倒を招き、繰り返し浴びれば心肺へ悪影響を及ぼす可能性があります。

水中ではショックによる溺水が特に危険です。

心疾患のある人やペースメーカー使用者、子どもや小型動物は影響を受けやすいため、絶対に触れない・近づかないを徹底しましょう。

水族館で安全に楽しむコツ

水族館では厚いアクリル越しに観察でき、展示によっては放電の電圧やパルスをメーターで可視化している場合もあります。

観察の際は、混雑時に水槽へ身を乗り出さない、展示の指示に従う、閃光撮影を控えるといった基本マナーを守ると、魚にも人にも優しい観覧になります。

給餌タイムや照明が落ちる時間帯は弱電で探る行動が見やすく、放電音が「パチパチ」と聞こえる演出も人気です。

よくある誤解と豆知識(感電のリスク・強さ)

誤解1

いつでも最大の電圧を出しているわけではありません。ふだんは弱い電気で周囲を探り、強い放電は短時間だけ使います。

誤解2

触らなければ安全と思いがちですが、水中では距離が近いだけで危険になることがあります。淡水でも導電性は十分にあり、近接や接触時は強い電流が流れます

豆知識

デンキウナギは「本物のウナギ」ではありません。分類はデンキウナギ属のナイフフィッシュで、進化の過程で筋肉を発電器官へと作り替えました。

豆知識

電場の強さは距離で急速に弱まるため、数十センチ離れるだけで体感は大きく変わります。ただし、近距離や接触は別。不用意に手を出さないことが最重要です。

まとめ

デンキウナギは、筋肉が変化した発電細胞を直列につないだ「電池の束」により、弱電から強電まで自在に操ることができます。

弱い電気で周囲を探り、強い電気で一気に仕留めるという戦略は、水の中で電場がどう広がるかを見事に利用したものです。

そして、電流を外へ流す設計、内臓の配置、皮膚と粘液のバリア、姿勢の工夫、放電の時間制御などを組み合わせ、自分は感電しにくい体づくりを実現しています。

人にとっては強力で危険な能力ですが、水族館では安全にその仕組みを観察できます。

デンキウナギの電気は、単なる「しびれるワザ」ではなく、進化が磨き上げた高度な生態技術なのです。